2章 優等生の皆様、不良の皆様

こんばんは

 

日本って本当に不思議な国だな、なんて

今日もテレビをみて思っています。

お元気ですか???

 

 

私は、Fさんの

「いつか別れる。でもそれは今日ではない」

を読んでいます。

 

f:id:kamikamu:20170706232526j:image

これこれ。

 

第1章はこの前読んだ。

でも、いかんせん第1章のタイトルは

「恋愛講座、もしくは反恋愛講座」である。

 

 

いま、ものすごく恋愛への興味、そして経験が乏しい私には

(ふーん。なるほどね…)

という気持ちでしか読めなかったし、

あまり覚えていないのです。

(控えめに言っても最強に御免なさい)

 

 

だから、この本は

(ふーん。なるほどね…)と読む本であると

勝手に決めつけていたのです。

 

 

 

ところがどっこい。

第2章「優等生の皆様、不良の皆様」

は、とてもじゃないけど

(ふーん。なるほどね…)では終わらなかった。

 

というのも、

小中時代の私は あれはどうみても優等生にしか見えない優等生であったから。

反対に、

高校時代の私は お馴染みの病気を発症し、

不良とまでいかなかったが、それなりにルールを無視してみたからだ。

 

 

 

いや、別に、すごく感銘を受けたとか

そういうんじゃない。

 

ただ、気づいたら当時を勝手に思い出していて

ただ、気づいたら涙を流しながら鼻をすすりながら読んでいただけという話なだけであって。

 

 

 

 

夢を諦めた時とか、大事にしていたものを失くしたりとか、そういう時、静かに話せる人が一人いたらいいなといつも思う。相談するわけでもなく、されるわけでもなく。肯定するでも、否定するでもなく。そして褒めるわけでも、貶すわけでもなく。ただ静かにどちらかがぶっ壊れるまで、話すだけ、聴くだけの夜が、あと人生に何回あるのだろう。その夜のためだけに生きている気がする。

 

「028 大停電の真夜中」より

 

 

 

 

こうして改めて見ると漠然としすぎている。

何故だ自分。何故このページだけ

めちゃくちゃ印をつけている。

 

でも、何故だかこれを書きながら

泣きそうになって鼻をすすりながら上を向き目をパタパタ扇いでいる自分がいる。

 

 

 

 

 

小中時代は優等生だったと言ったが

それなりに不満はあった。だけど、それを口に出して言ってしまったら優等生は終わり。

親にも先生にも不満を相談できなかった。

自分の思い通りにならなくて、そのせいで自分の評価が下がる人物に対してものすごく不満を抱いていた。

本当に自分の評価が上でなければならなかったし、上であり続けたかった、そして自分は人の一歩前を歩く人でいなければなかった、という勝手な使命感を持っていたんだと思う。

 

 

 

成績順位は普通に良かったし、

部活でも、ソロのコンクールに積極的に出て賞をもらっていた。

もちろん、部活の学年代表もやったし、三年の時は副部長だった。

学級副委員長なんて前期後期で2期しかないのに

バカみたいに一年に一回はやっていた。

委員会の委員長も。

そういえば、学年合唱の指揮者も年1、2でやっていたし、最終的には学園祭の全校指揮者。自分の代の卒業式の指揮者も私だった。

 

 

一体何をやっていたんだろうか。

 

 

まあ、こんな感じで勝手に使命感を受けていた自称優等生だった。

でもそんな時感じてた日々の不満の捌け口は人ではなくて、ブログであって、やはり今も昔も私は文章でしか自分の気持ちを整理できないのだと感じさせられる。変わってない。

 

 

その後、その醜いブログは、友人から先生へと。呆気なくバレました。(テヘッ)

 

 

 

初めて部活の顧問に呼び出し食らったあの日、忘れられない。

本気でチクったやつのこと、いつか絶対に殺ってやろうという気持ちを抱いたのと、とてつもない喪失感。

なぜなら、当時あそこは私にとって唯一の救いの場だったからだ。自分を保つための最後の場所だったからだ。

 

 

ただ、当時は本気で嫌いだったけど

今は感謝しているのも事実。というか

あの時、初めて先生に怒られるというか 逃げ道を教えてくれるきっかけを作ってくれたのは

チクった大っ嫌いなあの子だったので

本人はそんな気全くなかっただろうし、

ただ私が嫌いなだけだったと思うが 本当に感謝している。

恥ずかしいし、なんか悔しいので絶対に本人には伝えないけど。

 

 

あの時初めて先生と本音で話した。

 

たぶん今思えばあの顧問は私のこういう醜い部分というか反逆心というか

優等生であろうとした私の本意を見抜いていた気がする。

 

 

その時、初めて先生に逃げ道というものを教わった。

その先生から貰ったものは今までであった先生の中で一番多くあるけど

私の中での第1位は間違いなく逃げ道だった。

 

 

 

一瞬チクってきたやつと同じで呼び出してきた先生のことを敵だと思ってたけど、嫌いになれなかったのは

あの時周りに認められることで精一杯だった私の卑怯な行いを否定せずに認めて他の方法を教えてくれたからなんだと思う。

 

 

 

 

 

まあ その結果

高校に入って月2くらいしか動かない軽音楽部に入ってて ダラーっと過ごし

課題も苦手な科目は出さないという謎ルールを発動させ、成績は下の下。

卒業直前の数学の点数は赤点ゲット。

 

腕章をつけたい、という気持ち悪い理由で生徒会に入ってお菓子をてきとうに食べてたし

学祭のTシャツに” 副学実長 ”を入れたかっただけのために学実の副学実長とかやってた。

 

夏休みは地元のライブハウスに通って

煙草やら酒やら飲んでる友達、先輩と遊び

校則違反だけど、髪の毛も染めてみたり

これまた校則違反でバイトもしたりしてた。

 

 

 

たぶん先生の言いたかった逃げ道って

こういうことじゃないと思うんだけど、(笑)

私はそれですごく楽しかった!と言える日々を過ごせたし、それが今の私に繋がっているのですごく感謝している。

 

 

 

 

中高時代の自分にこの本を、読ませてほしかったし、読ませないでほしかった。

じゃなきゃ今のこの泣きながら過去を振り返ってブログを書いている時間がなくなる(笑)

 

 

あのクソみたいな日々や経験をやっと許せたような気がしたし認められる気がした。

 

もしチクったあいつが私みたいな経験をしてなければと思う。

そうしたら、少しでも優越感に浸れるから。

度々いうけど、絶対に感謝してることは言わない。最後の意地。仕返し。

せめて、これくらいは許してほしい。(笑)

 

 

 

 

 

ハーゲンダッツのストロベリーを
食べれば食べるほど頭が悪くなっていきそうなキュートなストロベリーのアイスと言ってみせた、黒電話を幸福で孤独なインテリアと言ってのけたFさんの文章に惹きつけられて、

サッカーの”ハーフタイムくるまで気になってトイレ行けん!!!”の気持ちの如くトイレに行きたい欲望と戦いながら読んでました。

 

 

まだ言いたい事はあるけど

今日は目が腫れそうなのでここまで。

ぜひ読んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

あっ、ちなみにトイレは間に合ったので安心して下さい。